A SCIENTIFIC BRIEFING · v.2 · APR 2026
A briefing for physicians and veterinarians

抗生剤が効かなくなる 世界の、 その震源について。

薬剤耐性(AMR)とアニマルウェルフェア(AW)は、
別々の議題として扱われてきた。
しかし近年の査読論文は、この二つが
同一の構造問題の表裏であることを示している。

本稿は、医師・獣医師に向けた、科学的根拠に基づく簡潔なブリーフィングである。

ISSUED BY 岩田憲明 / JAWCO代表理事
獣医師(食肉衛生16年)
READING TIME 約 8 分
出典:査読論文10件
01 ── THE SCALE

AMRは、既に人類の主要な死因である。

薬剤耐性(Antimicrobial Resistance)は将来の脅威として語られがちだが、最新の疫学研究は、それが既に進行中のパンデミックであることを示している。以下の3つの数字を、まず共有したい。

1.27million
2019年、世界で127万人がAMRに直接起因して死亡
Murray et al. のグローバル疫学研究によれば、細菌性AMRに直接起因する死亡は2019年に127万人、寄与死亡は495万人と推定される。これは、HIV/AIDS(86万人)やマラリア(64万人)を上回る規模である。
REF.01 Murray CJL et al. (2022)
Global burden of bacterial antimicrobial resistance in 2019: a systematic analysis
The Lancet 399(10325): 629-655
10million / year
2050年、無対策時の年間推定死亡数
英国政府委託のO'Neill Reviewは、対策を講じない場合、2050年までにAMR関連死が年間1,000万人に達すると予測した。これは、がんによる死亡数(約820万人)を上回る。
REF.02 O'Neill J. (2016)
Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report
Review on Antimicrobial Resistance, UK Government
93,309tonnes
2017年、食用動物への抗菌剤世界消費量
Tiseo et al. による最新推計では、2017年の食用動物への獣医用抗菌剤消費量は約93,309トン。2030年までにさらに11.5%増、104,079トンに達すると予測されている。ヒト医療消費量を大きく上回る。
REF.03 Tiseo K, Huber L, Gilbert M, Robinson TP, Van Boeckel TP. (2020)
Global Trends in Antimicrobial Use in Food Animals from 2017 to 2030
Antibiotics 9(12): 918
73%
of all global antimicrobials

世界で販売される抗菌剤の、実に約73%が家畜用として使用されている(Van Boeckel et al. 2015)。

ヒト医療で医師が慎重に処方する抗菌剤の効力は、何倍もの規模の畜産現場での使用によって、静かに、しかし確実に、削られ続けている。

02 ── THE LINK

AMRとアニマルウェルフェア
繋ぐ、科学的な因果連鎖。

「AMR問題は、ワンヘルス(One Health)として医・獣医・環境を統合的に考えるべき」という命題は、もはや修辞ではない。近年の研究は、畜産現場におけるAW欠如が、AMU(抗菌剤使用量)増加の直接的な駆動要因であることを定量的に示している。

高密飼育・環境ストレス
密飼い、不十分なエンリッチメント、劣悪な空気質 → ストレス・免疫力低下・尾かじり等の問題行動
感染症・外傷の発生頻度上昇
呼吸器疾患・運動器疾患・外傷性感染が群れ全体に拡大しやすい環境が形成される
予防的・治療的抗菌剤使用の増加
経営維持のために予防的AMUが常態化。農場獣医師も個別判断ではなく慣習的に処方せざるを得ない
耐性菌・耐性遺伝子の蓄積
動物・環境中で耐性菌と耐性遺伝子(ARG)が選択的に増加。水系・土壌・作業者経由でヒトへ拡散
ヒト医療の抗菌剤効力低下
医師が処方する抗菌剤の効果が、畜産由来耐性菌の拡散によって相対的に減衰していく

この連鎖の最上流の1〜2段階が、まさにアニマルウェルフェアの守備範囲である。つまり、AW改善はAMR対策の「倫理的付録」ではなく、疫学的・構造的な上流介入なのだ。

03 ── THE EVIDENCE

査読論文が示す、因果の定量

以下は、AWファクターとAMU(抗菌剤使用量)/AMR(耐性)の関連を定量的に示した主要論文のサマリーである。

密飼い・エンリッチメント不足は、肥育豚のAMUを有意に増加させる
フィンランドのSikavaシステム(豚生産の95%超をカバー)のデータを用いた大規模観察研究。給水器の不良、エンリッチメント不足、劣悪な畜房状態と高密飼育の組み合わせが、運動器疾患に対するAMU増加と関連した。劣悪な空気質と不衛生は呼吸器疾患AMU増加と関連。
REF.04 Stygar AH et al. (2020)
High biosecurity and welfare standards in fattening pig farms are associated with reduced antimicrobial use
Animal 14(11): 2178-2186
放牧豚と慣行豚のgut resistomeは有意に異なる
カナダで行われたショットガンメタゲノム研究。直接的な抗菌剤曝露がない条件下でも、慣行飼育豚のほうが放牧豚よりも有意に多くの耐性遺伝子(ARG)を保有していた。アミノグリコシド系、β-ラクタム系、マクロライド系、テトラサイクリン系のほぼ全クラスで差が認められた。
REF.05 Kim M et al. (2023)
The gut microbiome and resistome of conventionally vs. pasture-raised pigs
Microbial Genomics
豚生産9カ国調査:高密飼育 → 環境中AMR遺伝子増加
EFFORT Consortiumによる欧州9カ国の横断研究。豚の飼育密度の高さは、農場環境中のAMR遺伝子と正の関連を示した。密飼育が単にAMUを増やすだけでなく、環境resistomeに痕跡を残すことを示した重要な証拠。
REF.06 Luiken REC et al. (2022); EFFORT Consortium
Determinants for antimicrobial resistance genes in farm dust on 333 poultry and pig farms
Environmental Research
システマティックレビュー:AWとAMUの関連を支持する26論文
囚われ動物におけるAWとAMUの関連を扱った研究を網羅的にレビューしたもの。屋外アクセス、粗飼料、自然換気、敷料、低密度飼育、遅い離乳といったAW改善要因が、いずれも有意にAMU低下と関連することを確認した。
REF.07 Rodrigues da Costa M, Diana A. (2022)
A Systematic Review on the Link between Animal Welfare and Antimicrobial Use in Captive Animals
Animals 12(8): 1025
牛肥育農場でもAW改善はAMU削減と関連(伊27農場、3.5年)
これまで豚・鶏に偏っていたAW-AMU研究を、牛肥育セクターで3.5年にわたり実施。AWスコアの高さとバイオセキュリティの高さは、treatment incidence(DDD単位)の低下と独立して関連した。牛セクターでも同じ構造が確認された。
REF.08 Diana A et al. (2020)
Effect of welfare standards and biosecurity practices on antimicrobial use in beef cattle
Scientific Reports 10: 20939
04 ── THE CONTRAST

二つの畜産、
二つのAMR未来

上記の科学的エビデンスを踏まえた時、現行主流の畜産と、AW配慮型畜産の構造的差異は、以下のように整理できる。

CONVENTIONAL
慣行集約畜産
━━ AMRを増幅する構造
  • 高密度屋内飼育によるストレス・免疫低下
  • エンリッチメント欠如 → 異常行動・外傷
  • 早期離乳 → 消化器疾患頻発
  • 単一遺伝子系統 → 集団易感染性
  • 予防的抗菌剤投与の常態化
  • gut resistome に ARG 蓄積(Kim 2023)
  • 環境中に AMR 遺伝子拡散(Luiken 2022)
WELFARE-ORIENTED
AW配慮型畜産
━━ AMRを抑制する構造
  • 低密度・屋外アクセスによるストレス低減
  • 種特異的行動の発現 → 異常行動減少
  • 遅い離乳 → 消化器・免疫系の安定
  • 多様な微生物叢との接触 → 免疫訓練
  • 予防的抗菌剤投与が原理的に不要化
  • gut resistome の ARG が有意に少ない
  • 環境中 AMR 遺伝子の拡散が抑制される
Better understanding of the consequences of the uninhibited growth in veterinary antimicrobial consumption is needed to assess its potential effects on animal and human health.
── VAN BOECKEL ET AL., PNAS 2015
05 ── THE IMPLICATION

医師・獣医師にとって、
これが何を意味するか

ここまでの科学的事実を踏まえると、以下の含意が導かれる。

A. 臨床現場の努力だけではAMRは止まらない
医師の慎重処方、薬剤師の指導、感染制御チームの取り組み ── これらは不可欠だが、上流にある畜産AMUを放置したままでは、ヒト医療側の努力は埋め合わされてしまう。AMRは構造的問題であり、臨床最適化だけでは解けない。
B. AWは倫理的選好ではなく、公衆衛生介入である
AWの議論は、「動物が可哀想」という情緒的命題として扱われてきた。しかし上記エビデンスは、AW改善=AMU削減=AMR抑制という、疫学的・公衆衛生学的介入の連鎖を示している。AWはワンヘルス戦略の上流レバーである。
C. 医療職共通の職業倫理として、発言する責任がある
抗生剤は、20世紀医療の最大の遺産の一つである。この遺産を次世代に引き継ぐ責任は、処方する医師と獣医師が共通して負っている。畜産構造に対して沈黙し続けることは、その責任の放棄に等しい── これが、本稿が医師・獣医師仲間に伝えたい核心である。
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Endorsement
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本ブリーフィングは、AMRとアニマルウェルフェアの関係を、最新の学術論文の情報を体系的に整理し、医師・獣医師双方が共有すべき視座を提供している。

髙井 伸二
Shinji Takai · D.V.M., Ph.D.
北里大学 名誉教授
日本家畜衛生学会 理事長
日本私立獣医科大学協会 会長
獣医系大学間獣医学教育支援機構 理事長